会長あいさつ

高知化学会 第9代会長
北條正司
Hojo, Masashi
高知大学名誉教授

ノーベル賞―化学と空想のはざまで

高知化学会会長 北條正司 

 令和2年は平穏に始まり,そのまま順調に推移して行くかに思われた。しかし,中国武漢に端を発した新型コロナウイルスが世界中に広がり,東京オリンピック2020の開催が来年に延期される事態となった。また毎年12月にストックホルムで催されるノーベル賞晩餐会の中止が,最近,報道された。
 昨年2019年末には,高エネルギー密度2次電池であるリチウムイオン電池の画期的な開発・発明を成し遂げた吉野彰氏が,ノーベル化学賞を受賞した。電池は,鉄や銅などの金属のサビ易い,サビ難いことが関係するイオン化傾向により,電極の正負が決まる。イオン化し易い金属は負極となり,反対にイオン化し難い金属は正極となる。ところで,金属リチウムは,イオン化傾向が著しく高いので,金属リチウムをそのまま負極として活用するには,難点が多すぎた。旭化成の研究者,吉野彰氏は1985年に,伝導性プラスチックと構造の類似した炭素繊維を負極としたリチウムイオン電池の原型を完成させた。充電時には,炭素繊維中にリチウムイオンが取り込まれるが,電池として機能(放電)するときには,炭素繊維中から(あたかも,金属リチウムからイオン化して生じたイオンの如く)リチウムイオンが離れ,正極へ移動するとされている。
旧来の電気化学の理論に従うと,酸化還元反応を伴わなくても,イオン移動だけで,電池として機能するが,その場合の電圧は高々,数十ミリボルトに過ぎないことである。開発された実用的なリチウムイオン電池においても,正負電極において酸化還元反応が働くはずと考えられる。筆者は,この点を疑問に思い,朝倉キャンパスで開催された高知大学希望創発センター講演会の懇親会でビールを片手にして,吉野先生ご本人に,直接,疑問を投げ掛けたことがあった。「NMRのシグナルは,金属リチウムのシグナルと異なっており,リチウムはイオンのままであり,金属リチウムではない。」との回答をいただいた。ノーベル賞受賞式のちょうど1年前の12月の出来事である。本筆者は,大変恐れ多いことであるが,次のよう推論した。負極の炭素繊維に取り込まれるリチウムは,リチウムイオン(Li+)ではなく,Li0ではないだろうかと。このLi0は酸化還元現象においては金属リチウムと同等であるが,その他の特性は金属リチウムと大きく異なる。他の金属についても,集合した原子数が極端に少ないと,金属光沢などの金属としての明らかな特性を示さない。例えば,金ナノ粒子は特異な特性を示し,黄金の輝きを放つ金塊とは大きく異なっていることはよく知られている。
 高知化学会の会報第68号の巻頭言執筆にあたり,かつて,とんでもないほど自由な空想をめぐらせたことを思い出した。

(高知化学会第68号会報 巻頭言より)